人生においての『いつか』
『いつかやろう』、『いつか行こう』、『時間が合えば』、『お金がある時に』って思う事が多くある。
中年になって、人生も折り返し地点にさしかかると、この『いつか』って感情が、財布の中の病院の診察券のように溜まりだす。捨てていいものやら解らない、おっさんのToDoリスト。
そんなToDoリストの上位表記に大好きなバンド『勝手にしやがれ』のライブを見る!ってのがあった。もちろん、上位表記なので、優先度は高い案件なのだが、今までタイミングが合わず、ライブに行けずにいた。
ボーカルの武藤昭平氏の大病もあったりで、もう見られないかもなぁって思う時期もあった。心に何か腑に落ちないものを抱えたまま、時間だけが過ぎ去っていったのだ…。
そんな中、今回の彼らのツアー『ネオ・デカダンス・ピエロツアー』である。20年前に発表された彼らの出世作である名盤『デカダンス・ピエロ』を再びフューチャーしたツアーが始まったのだ。きっと『勝手にしやがれ』を聴き始めた当初の曲も演奏されるはず。『いつかとは今だ!』と僕は息巻いた。
ブコウスキーの夢
『勝手にしやがれ』を聴き始めたのは多分2005年くらいの頃(当時は28歳)だったと思う。ジャズパンクと形容されるギターレスの7人組のバンドで、編成はドラム・ダブルベース・ピアノ・トランペット・トロンボーン・テナーサックス・バリトンサックス。
ボーカルはドラムの武藤昭平氏。野太くて少しハスキーな声がトム・ウェイツみたいで格好良い。歌詞もほとんどが武藤昭平氏が作詞していて、独特な詩の世界観は酒場の吟遊詩人といった感じだ。
最初に買ったアルバムは『フィンセント・ブルー』というアルバムだった。このアルバムの中の『ブコウスキーの夢』という曲が大好きで、その当時、失恋した時などは自分と重ね合わせて、部屋で大酒を飲みながら聴いていた。
ウィスキーやラムのボトルと『勝手にしやがれ』は相性が良くて、ついつい飲み過ぎてしまう。酔いどれた大人に優しく響く。ジャズやブルースの原体験としてチャーリー・パーカーやマディ・ウォーターズよりも先に、この『勝手にしやがれ』に出会えたのは自分にとって幸運だったのかもしれない。
先人のフォロワーとしての『勝手にしやがれ』ではなくて、『勝手にしやがれ』のフィルターを通してのジャズやブルース。それが当時、昼夜逆転の夜の仕事をやっていて、鬱々とした日々を過ごしていた自分には、よく合った。
漂うのは文学・アート・映画の煙
歌詞やタイトルに文学作品の引用やアート作品の引用、映画の引用などがある。武藤昭平氏の好みが出ていて、それが唯一無二の『勝手にしやがれ』の世界観を引き出している。ちなみに『ドント・ウォーリー・ザムザ』ってタイトルの曲があって、本当に秀逸なタイトルだと思う。“ザムザ”はカフカの『変身』に出てくる朝起きたら巨大な虫になってる主人公の名前だ。
もちろん、僕はブコウスキーの『街でいちばんの美女』やケルアックの『路上』などは読んだことはないし、まして、ゲンズブールの詩やゴダールの映画も詳しく知らない。それでも『勝手にしやがれ』の曲の空気感がその時代にリスナーをトリップさせる。
それはまるで、Barの間接照明の中で、立ちのぼる煙草の煙のようで、儚くて美しい。(今ではあまり見なくなった光景だが。)
圧巻のパフォーマンス
2023年の7月15日、『ネオ・デカダンス・ピエロツアー』の最終日。渋谷クラブクアトロでついに僕は『勝手にしやがれ』を補完した。この日のセットリストを備忘録がてら記したい。
01 ミシェル・セッド
02 奴隷
03 スイサイダルスウィング
04 オール・ザ・マッドメン・ブルーズ
05 チュニジアの夜
06 ドント・ウォーリー・ザムザ
07 コメディー
08 ショットガン
09 ネヴァートゥーレイト
10 メランコリック・デカダンス・ピエロ
11 ダーティーワークブルーズ
12 ブラック・マリヤ
13 コンパス
14 愚かな人
15 祈りのオリオン
16 ビッチ
17 ロミオ
18 Z28
19 フィラメント
20 エル・ソル
21 ザ・ムーンレイカー
Ec
22 夢をあきらめないで
Ec2
23 円軌道の外
スーツをビシッと着込んだ7人がおもむろに登場し、演奏がはじまると、怒涛の勢いで全23曲を音源と変わらない、いや、それ以上の熱量で繰り出し続けた。年齢を感じさせないパフォーマンスは掛け値無しに格好良い。
開演前にコークハイを2杯ほどひっかけていた僕は自然と体が動き出している。他の観客もほぼ同世代かそれ以上で、同様におもいおもいに体を揺らしていた。なんか皆さん落ち着いている感じで好感が持てるファン層だ。ライブハウスなのでわけわかんない感じの輩が居るかな、っと思っていたのだが、1番わけわかんない輩は僕自身だったようだ。
セットリストも大満足だった。1番好きな『ブコウスキーの夢』はやらなかったけれど、同じ位好きな『フィラメント』が聞けたのは良かった。そして何より『コンパス』➡『愚かな人』➡『祈りのオリオン』の少しチルな曲調の流れが神々しい。
愚かな人
『愚かな人』の出だしの武藤氏のアカペラ独唱で感極まって落涙してしまった。他のバンドメンバーも目頭を抑えていたように見えた。
失ったものへの後悔や懺悔の気持ちを歌ったこの曲は、歳をとればとるほど、大人なら大人なほど、胸にくるものがある。
オールウェイズ
変わらない人たち 変わらない街並み 変わらないエブリディ
オールウェイズ
変わらない星屑 変わらない太陽 変わらないエブリディ
オールウェイズ
いつも傍にある いつも傍にいる 大切なものを
オールウェイズ
失って気づく そんな愚かさよ
I’M ALWAYS FOOL
愚かな人/勝手にしやがれ
『デカダンス・ピエロ』が発表されてからの20年を思い出す、演者も観客も。それぞれの20年を思い出す。いろいろあった。本当にいろいろ…。
この『愚かな人』における武藤昭平氏の出だしの独唱で、ライブ会場全体が、センチメンタルな気持ちを共有していた。
それはまるで神話の中の光景だった。
まとめ
2023年7月15日、『勝手にしやがれ』のライブは僕にとって、忘れられない体験となった。今後も僕は機会があればライブハウスに行きたいと思う。
神話を見に行く。たとえ、いくつになっても。『勝手にしやがれ』が見られる限り。
彼らは答えるだろう、『勝手にしやがれ』と。